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第四章 第12話 紗奈の守護神

2021年 08月31日 19:00 (火)

 飛行が安定すると、すぐに料理が運ばれてきた。
 昼食を取っていなかった3人は、コース料理が運ばれてくると次々に平らげた。料理のあまりの美味しさに、紗奈も優里も口に入れる度に「おいしー!」を連呼した。
 見るからに高級そうなドッグフードが出されたベベも、食後はいつになくご満悦だった。

『ところでハーディって色んな国を転々としていたっていうことだけど、学校はどうしていたの?』
 デザートに出されたチョコレートケーキを食べながら、優里が尋ねた。

『学校かい?学校はアメリカにいたときに興味本位で少しだけ通ったことはあるけど、ほとんど行ってないよ』
 フォークに刺した最後のひとかけらのケーキを口に放り込むと、ハーディは答えた。

『え、そうなの?小学校も行ってないの?』とクリスが聞き返すと、ハーディは口をもぐもぐさせながらうなずいた。
『でも、義務教育だから行かないといけないんじゃないの?もちろん、中学校もだけど』
『義務教育と定められているからって、学校へ行かないといけないってことはないさ。ホームスクーリングって制度を知らないのかい?』
 クリスが首を振ると、『わたし知ってる』と優里が答えた。

『学校には通わずに、インターネットの講義を受けたり家庭教師から教わったりして必要なことを勉強する制度のことでしょう?』
『その通りだよ』と、優里にフォークを向けてハーディは言った。

『学校なんて行っても、まともじゃない教師もいっぱいいるし、くだらない連中も多いだろう?そんなところで無駄な時間を過ごすくらいなら、優秀な講師を揃えて自分が学びたいことをとことん勉強した方がためになるからね』
 持っていたフォークをお皿に置くと、ハーディはパンパンと手をはたいた。

『それに、学校教育だって闇の勢力のコントロール下にあるんだ。何を刷り込まれるか分かったもんじゃないよ。子供なんて、洗脳するのに恰好のターゲットだろう?そう思わないかい?』
 ハーディはテーブルの上に身を乗り出すと、顔を近づけてそう言った。
 なるほど、と3人はうなずいた。ハーディの話は妙に説得力があり、まるで同世代だとは思えなかった。

「でも学校に行かなくていいなんて知らなかった。優里もよくそんな制度のこと知ってたね」
 紗奈が感心すると、優里は苦笑した。

「うん。5年生のときに調べたことがあるの。学校に行きたくなさすぎて。でも親にそんな話切り出せなかったし、結局我慢して通ったんだけどね」
 優里はそう言って肩をすくめた。それからグァバジュースをひと口飲むと『ところで』と、マーティスに思念を飛ばした。

『もう並行世界へは移動したのですか?』
 腕を組みうつむいていたマーティスは、顔を上げてうなずいた。

『ええ、もうすでに移動しています』
 それを聞いた紗奈が「えー、いつの間に!?」と、驚きの声を上げた。

『全然そんな感じしなかったですけど?なんかもっとこう地底都市へ行くときみたいに、亜空間を通り抜けたり、光輝くゲートのようなものを通ったりするのかと思ってました』
 紗奈の言葉に、マーティスは表情を変えることなく首を振った。

『先ほどもお伝えしましたが、普段皆さんは絶えず並行世界を移動しているのです。今回のように、意図して特定の世界へ移動させられるわけではありませんが・・・。
 しかし、普段そうして並行世界を移動していても、何かを通り抜けたりするようなことはないでしょう?』
 紗奈は「う・・ん」と返事をしながら、記憶を探るように視線を巡らせた。

『体質によってはこうして特定の世界へ移動すると、調整のための睡眠が必要となって急激な眠気に襲われることもあるようですが』
 そう言いながら、マーティスはクリスに視線を向けた。そういうことか、とクリスはひとり納得した。

 つまり、さっきヘリコプターでズーンと頭が重くなったのは並行世界を移動したからだ。
 そう思ったクリスは、風光都市やそれ以前にも何度か見舞われた急激な眠気のことを思い出した。これまでの急激な眠気も、意図的に並行世界を移動させられていたということだろうか?

 最後その症状に見舞われたのは、風光都市でウェントゥスを手に入れた後だった。
 そしてたしかにその後の世界は、それまでと変わっていた。田川先生は存在しない世界となり、担任も吉田先生に戻っていた。
 つまりあのとき、並行世界を移動していたということだろう。

 しかし、それは一体誰の意図によるものなのだろうか?田川先生だろうか?もしそうであれば、闇の勢力もそういった操作ができるということになる。

 クリスがそんなことを考えている間、紗奈と優里はさっきまでいた世界の自分たちは今頃何をしているだろう?という話で盛り上がっていた。

『ところで、それは君の守護ドラゴンかい?』
 優里の肩の上でうとうとするエンダを指差して、ハーディが尋ねた。

『うん、そうだよ』と、優里は笑顔で返事をした。
『ずい分と幼いみたいだね。まだ生まれたばかりじゃないのかい?』
『そうなの。孵化してからまだ1か月も経ってないよ』
 エンダは自分の話をされているのが分かったのか、むくっと頭をもたげてハーディを見た。

『ハーディにも守護ドラゴンがいるの?』
 紗奈の質問に、ハーディは首を振った。

『僕には守護ドラゴンはいないよ。僕についているのは、キュクロプスさ』
 そう答えたハーディの背後に、うっすらと人影が現れた。
 頭頂部に一本の角を生やし、顔面の中央に大きなひとつ目を持つ巨人だった。手には、ハーディの体よりも大きな大剣を構えている。
 にこやかな表情で一同を見下ろすと、巨人はスッとまた消えてしまった。

『彼の名はラシードっていうんだ。キュクロプスについて多くの人が野蛮で凶暴だといった誤解をしているようだけど、実際は勇敢でありながら、とても心優しい性格をしているんだよ』
 ハーディは笑顔でそう言った。

『守護獣って、そんな人間みたいな姿の存在もいるのね』
 思いもよらなかったというように紗奈がつぶやくと、ハーディが『君の守護神だって人型じゃないか』と言った。

「え?」

 クリスたち3人、一斉にハーディを見た。

『わたしの守護存在が見えるの?』
 驚きと歓びの入り混じった表情で、紗奈が聞き返した。

『あれ?知らないのかい?』
 ハーディが意外そうな顔をした。
 紗奈はこくこくとうなずいた。興奮を抑えきれない、といった様子だ。

『そうか。どうやらつながり始めたばかりのようだね。でも、君たちにも見えるだろう?』
 クリスと優里を交互に見て、ハーディは紗奈の背後を指差した。クリスと優里は、同時に紗奈のうしろを見上げた。何の姿も見えないが、たしかにそこには何かがいる気配がある。

「あ」と、優里が声を漏らした。正面を向いて気をつけの姿勢で座っていた紗奈も、つられてうしろを振り返った。

 徐々に、気配を放っていたものがうっすらと形を取り始めた。それは、さっきのキュクロプスにも劣らないほど巨大な人影だった。
 がっしりとした体つきで、しかし頭部は人ではなくハヤブサの頭をしている。
 手には槍のように長い杖を持ち、女性を表す♀マークに似た銀の十字架を首から提げていた。手をそっと紗奈の肩にかけると、巨人はそのまま姿をくらませてしまった。

『偉大な天空の神、ホルスだ。まったくもって珍しいよ。エジプト神話に登場する神を守護神として持っているなんて』
 ハーディは手のひらを上に向けて肩をすぼめてから、ソファの背もたれに寄りかかった。

『砂漠の神、セトを守護神に持つ人には以前会ったことがあるけど。というより、僕の先生だった人なんだけどね・・・』
 思いつめるような顔をしてハーディは言った。
 それからため息をつくと『それにしても、ホルスを守護神に持つなんてすごいよ』と、感服するようにハーディは首を振った。

「紗奈ちゃん、良かったね」
 クリスがそう声をかけると、紗奈は満面の笑顔でうなずき返した。目には涙が溜まっている。

『話せるようになったりするかな?』
 ハーディに視線を戻して、紗奈が尋ねた。

『ああ、それはもちろん。そうできるようになるさ。でも、シェイプシフトできるような守護存在と比べると、口数は少ないと思うけどね』
 エンダに視線を向けながら、ハーディは笑って言った。

『意識してホルスに話しかけてみるといいよ』
 ハーディの言葉に、紗奈は笑顔でうなずいた。



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